3日に先生のお宅にお伺いしたときに、いらしている方の修験道の
お護摩のDVDを見せていただきました。
逆巻く煙の中にしっかりと爪のある龍がいたり、
炎の中にお不動さんが立っていたり。
修験道のことはあまりよくわからないのですが、
お護摩の火の中にはお不動さんがでるものなのかしらん?と
何とはなしに考えてました。
ああいうのをみていると自分もその世界に生きたい、というか
うらやましくてしょうがなくなってしまうのが私の欠点。
ただ、その後の行者の生き方、死に方を聞いていると
まず今の私にはそれを目指すのは無理でした。
本当の理解というのであれば実際に山に分け入り、行をやらなければ
決してわかることは無いのでしょうが、自然との一体化・山の一部になる
ということの意味を少しだけイメージができた気がします。
話を伺っているうちに行という意味ではそれが山であれ、里であれ、
そのような心持で日々過ごすことはどこであっても可能なのではないかとも思いました。
装束を身につけ、行として行わなくても。
そういう山の行をされてきた先生だからこそ、日々が修行だと
おっしゃっていたのだなぁ。。。と改めてまたその言葉の意味について
理解ができたように思います。
行がしたいと思うのはうまく表現できないのですが
行き詰っているというかジレンマというのがあるからかも。
特に今、なにか見たいものの存在を感じることだけで実際の目には全く
映ってきません。全然気にしてないときには映像になってるのに。
このとき見たDVDの龍やお不動さんもいるのはすごくわかるのに、
「ほらここにいるでしょ?」と指をさせるような明確な映像がちっとも見えない。
だからすごく人にはほらって言えないんだけれども、「ある」とか「いる」ということには
自分でもびっくりするくらい確信を持ってしまっている。
前はなんとなくそんな気がする・・・で終わっていたのに。
ものすごくジレンマというか、苦しいです。
そういうのを一つ一つ確かめなければならないのでしょうが
なにか特別な行でもしたら見えるようになってすっきりするのかしら?とも思います。
匂いや気、そんなもので感じるだけなことにうんざりしているのかもしれません。
地下鉄に乗ったときに感じるあの嫌なものも、にらみつける対象が明確に見えていたら
まだ少しはましなのかも。
被るのも嫌だけれど、その原因が見えないことがものすごく腹立たしい。
自分の分析がまだまだなのかもしれません。
こういうのが里の行なのかなぁ。。。。。。。
お護摩のDVDを見せていただきました。
逆巻く煙の中にしっかりと爪のある龍がいたり、
炎の中にお不動さんが立っていたり。
修験道のことはあまりよくわからないのですが、
お護摩の火の中にはお不動さんがでるものなのかしらん?と
何とはなしに考えてました。
ああいうのをみていると自分もその世界に生きたい、というか
うらやましくてしょうがなくなってしまうのが私の欠点。
ただ、その後の行者の生き方、死に方を聞いていると
まず今の私にはそれを目指すのは無理でした。
本当の理解というのであれば実際に山に分け入り、行をやらなければ
決してわかることは無いのでしょうが、自然との一体化・山の一部になる
ということの意味を少しだけイメージができた気がします。
話を伺っているうちに行という意味ではそれが山であれ、里であれ、
そのような心持で日々過ごすことはどこであっても可能なのではないかとも思いました。
装束を身につけ、行として行わなくても。
そういう山の行をされてきた先生だからこそ、日々が修行だと
おっしゃっていたのだなぁ。。。と改めてまたその言葉の意味について
理解ができたように思います。
行がしたいと思うのはうまく表現できないのですが
行き詰っているというかジレンマというのがあるからかも。
特に今、なにか見たいものの存在を感じることだけで実際の目には全く
映ってきません。全然気にしてないときには映像になってるのに。
このとき見たDVDの龍やお不動さんもいるのはすごくわかるのに、
「ほらここにいるでしょ?」と指をさせるような明確な映像がちっとも見えない。
だからすごく人にはほらって言えないんだけれども、「ある」とか「いる」ということには
自分でもびっくりするくらい確信を持ってしまっている。
前はなんとなくそんな気がする・・・で終わっていたのに。
ものすごくジレンマというか、苦しいです。
そういうのを一つ一つ確かめなければならないのでしょうが
なにか特別な行でもしたら見えるようになってすっきりするのかしら?とも思います。
匂いや気、そんなもので感じるだけなことにうんざりしているのかもしれません。
地下鉄に乗ったときに感じるあの嫌なものも、にらみつける対象が明確に見えていたら
まだ少しはましなのかも。
被るのも嫌だけれど、その原因が見えないことがものすごく腹立たしい。
自分の分析がまだまだなのかもしれません。
こういうのが里の行なのかなぁ。。。。。。。

