やっと・・・金剛峯寺についてからの話にたどり着きました^^;
極楽橋から高野山まで、こんな階段勘弁してくれ!!!というぐらいの
急角度な階段状になったケーブルカーに乗って高野山に行きました。
外は本当にまっしろけっけ!
雪もちらほら・・・・
それでも私以外にもお年を召した方や小さい子供をつれた家族連れなど
結構高野山を目指してきた人は多かったのでびっくり。
これじゃぁ季節がいいと大変な混雑振りになるんだろうな。
で、ケーブルカーをおり、バスに乗って・・・・
家を出てから約7時間以上。
たどり着きました!!!高野山。
雪は降っていますが誰も傘は差していません。
私も雪が降っているのを知っていたくせになぜか傘を持っていくのを忘れていましたが
コートのフードを被ってしまえば大丈夫でした。
バスを降りて金剛峯寺にまっしぐら。
受付を見つけ、目的である納経を済ませました。
内部を参拝できるので金剛峯寺の中にあがって
襖絵などを鑑賞。とても豪華で、圧巻でした。
講堂に行く途中、中庭を見ることが出来ました。

奥で温かいお茶をいただいてから、しばらくぽーーーーっとした後
「晴れてくれないかなぁ。。」と思っていると少しだけ、日差しが出てきました。


なんだか少しでも日差しを見るとうれしくなります。
その後、ちょっと贅沢な精進料理をいただいて。
お茶を飲みながら次はどこにいくか、考えていました。
先生には奥の院は被るからやめておいたほうが良いといわれていたのですが
どうしてもいきたい、というかいかなきゃというか・・・
そんな気持ちになってしまいました。
食事をして外に出ると雪がかなり降り出していました。
よく、私は何か一瞬迷うと一人で天気やなにかをもとに賭けのようなことをしたりします。
「この雪がやんでさっきのような日差しが出たら奥の院へ向かうOKが出た兆し」と
いつものように自分の中で半ば賭けのように考えてたら、
一瞬雪がやんだと思ったら日差しが顔を出しました。
なので覚悟を決めていきました。
案の定・・・ふらふら。
奥の院にたどり着く間での間雪が降っていたのでそれに救われました。
雪が降っていなかったら倒れるんじゃないか、
そんな瞬間が何度もありました。
墓地の中でも手入れの行き届いているところ、そのままのところ、
それぞれいろいろあるから波があったのだろうと思います。
かなり雪もひどくなっている中、奥の院にたどり着き
奥の院灯篭堂で読経供養をお願いしました。
たまたま、1週間くらい前に「理趣経入門」なる、CD付の本を購入して聞いて居たりしたので
一通りなんとなーく、理趣経の全部を聞きかじっていました。
なので、読経が始まったときにその読まれているお経が理趣経であること、ひととおり
全部通していることくらいがなんとなくわかりました。
お経をきいていると、自分自身はなんとも思っていないのに、
なぜか涙・・・・・・・・・と鼻水。 ぁぁ。。。。。。。。><
勝手に出てくるので困ります。
お堂が暗くてよかった・・・
納骨供養の方と一緒のご供養だったせいもあるのでしょうか
私のご先祖様方、両家ともなんだかそれに比べるととっても軽い感じがしてしまいました。
ご供養の祭壇には窓があり、弘法大師の御廟が見えるようになっています。
全部おわると大分すっきりして、その窓から見える外が少し晴れて日ざしが出ているのが
なんとなくわかりました。
その後、御廟にご挨拶をすると、
もう気分はやりきった!!という気持ちでいっぱい。
どこか見ようかしらなどという気持ちが全くわかず、
さぁ帰ろう!!!!という感じでした^^;
時間ももう夕方になってしまっていたのもあり、
がんばればほんのちょっとの時間ほかのところも見られたのも知れませんが
とにかく「さーかえろー」モードだったため、来たバスに乗ってスタコラサッサと
帰路に着きました。
今思うと、どこかちょびっと5分でも10分でもいいから他のお寺をお参りするとか
なにか見るとか考えればよかったかも?とも思わなくもないですが、
後悔は全くはありませんし、これでよかったって思っています。
極楽橋から高野山まで、こんな階段勘弁してくれ!!!というぐらいの
急角度な階段状になったケーブルカーに乗って高野山に行きました。
外は本当にまっしろけっけ!
雪もちらほら・・・・
それでも私以外にもお年を召した方や小さい子供をつれた家族連れなど
結構高野山を目指してきた人は多かったのでびっくり。
これじゃぁ季節がいいと大変な混雑振りになるんだろうな。
で、ケーブルカーをおり、バスに乗って・・・・
家を出てから約7時間以上。
たどり着きました!!!高野山。
雪は降っていますが誰も傘は差していません。
私も雪が降っているのを知っていたくせになぜか傘を持っていくのを忘れていましたが
コートのフードを被ってしまえば大丈夫でした。
バスを降りて金剛峯寺にまっしぐら。
受付を見つけ、目的である納経を済ませました。
内部を参拝できるので金剛峯寺の中にあがって
襖絵などを鑑賞。とても豪華で、圧巻でした。
講堂に行く途中、中庭を見ることが出来ました。

奥で温かいお茶をいただいてから、しばらくぽーーーーっとした後
「晴れてくれないかなぁ。。」と思っていると少しだけ、日差しが出てきました。


なんだか少しでも日差しを見るとうれしくなります。
その後、ちょっと贅沢な精進料理をいただいて。
お茶を飲みながら次はどこにいくか、考えていました。
先生には奥の院は被るからやめておいたほうが良いといわれていたのですが
どうしてもいきたい、というかいかなきゃというか・・・
そんな気持ちになってしまいました。
食事をして外に出ると雪がかなり降り出していました。
よく、私は何か一瞬迷うと一人で天気やなにかをもとに賭けのようなことをしたりします。
「この雪がやんでさっきのような日差しが出たら奥の院へ向かうOKが出た兆し」と
いつものように自分の中で半ば賭けのように考えてたら、
一瞬雪がやんだと思ったら日差しが顔を出しました。
なので覚悟を決めていきました。
案の定・・・ふらふら。
奥の院にたどり着く間での間雪が降っていたのでそれに救われました。
雪が降っていなかったら倒れるんじゃないか、
そんな瞬間が何度もありました。
墓地の中でも手入れの行き届いているところ、そのままのところ、
それぞれいろいろあるから波があったのだろうと思います。
かなり雪もひどくなっている中、奥の院にたどり着き
奥の院灯篭堂で読経供養をお願いしました。
たまたま、1週間くらい前に「理趣経入門」なる、CD付の本を購入して聞いて居たりしたので
一通りなんとなーく、理趣経の全部を聞きかじっていました。
なので、読経が始まったときにその読まれているお経が理趣経であること、ひととおり
全部通していることくらいがなんとなくわかりました。
お経をきいていると、自分自身はなんとも思っていないのに、
なぜか涙・・・・・・・・・と鼻水。 ぁぁ。。。。。。。。><
勝手に出てくるので困ります。
お堂が暗くてよかった・・・
納骨供養の方と一緒のご供養だったせいもあるのでしょうか
私のご先祖様方、両家ともなんだかそれに比べるととっても軽い感じがしてしまいました。
ご供養の祭壇には窓があり、弘法大師の御廟が見えるようになっています。
全部おわると大分すっきりして、その窓から見える外が少し晴れて日ざしが出ているのが
なんとなくわかりました。
その後、御廟にご挨拶をすると、
もう気分はやりきった!!という気持ちでいっぱい。
どこか見ようかしらなどという気持ちが全くわかず、
さぁ帰ろう!!!!という感じでした^^;
時間ももう夕方になってしまっていたのもあり、
がんばればほんのちょっとの時間ほかのところも見られたのも知れませんが
とにかく「さーかえろー」モードだったため、来たバスに乗ってスタコラサッサと
帰路に着きました。
今思うと、どこかちょびっと5分でも10分でもいいから他のお寺をお参りするとか
なにか見るとか考えればよかったかも?とも思わなくもないですが、
後悔は全くはありませんし、これでよかったって思っています。
金剛峯寺への道は新幹線が遅れたために大分予定とは狂ってしまいました。
もともと乗るはずだったなんば発の特急を逃してしまったため、
到着予定時刻が一時間後ろに倒れてしまっていましたが
それはそれでしょうがないと流れに任せる気持ちで居ました。
なんばから南海鉄道に乗って極楽橋、高野山へ。
最初のうちは普通の私鉄の感が強かった沿線の景色も
どんどん近づくにつれて自然の色が濃くなりました。
最後にはいつの間にか単線になっていて。
無人の駅もあり、駅に通じている道を車窓から見ると、
ものすごく急角度の坂道だったり、人がなんとかすれ違えるかどうかという細い道だったり。

景色のギャップがとても面白かった。
私の最寄り駅の私鉄も遠くから来るとそんな印象を受けるかもしれません。
山に近づくにつれて天気がどんどん曇って暗くなっていく・・・・
高野山はやっぱり行きなのかしら?
そんなことを思っているうちに極楽橋に到着。
NAVITIMEで調べると、どうもケーブルカーの存在を知らないらしく、
極楽橋から40分ほどかけて歩けという案内でした。
外を見てみると、銀世界が広がっています。
どうやっても、40分じゃつかないと思うんだけど・・・・^^;
もともと乗るはずだったなんば発の特急を逃してしまったため、
到着予定時刻が一時間後ろに倒れてしまっていましたが
それはそれでしょうがないと流れに任せる気持ちで居ました。
なんばから南海鉄道に乗って極楽橋、高野山へ。
最初のうちは普通の私鉄の感が強かった沿線の景色も
どんどん近づくにつれて自然の色が濃くなりました。
最後にはいつの間にか単線になっていて。
無人の駅もあり、駅に通じている道を車窓から見ると、
ものすごく急角度の坂道だったり、人がなんとかすれ違えるかどうかという細い道だったり。

景色のギャップがとても面白かった。
私の最寄り駅の私鉄も遠くから来るとそんな印象を受けるかもしれません。
山に近づくにつれて天気がどんどん曇って暗くなっていく・・・・
高野山はやっぱり行きなのかしら?
そんなことを思っているうちに極楽橋に到着。
NAVITIMEで調べると、どうもケーブルカーの存在を知らないらしく、
極楽橋から40分ほどかけて歩けという案内でした。
外を見てみると、銀世界が広がっています。
どうやっても、40分じゃつかないと思うんだけど・・・・^^;
全く起きられる自信のなかった当日。
先月の比叡山のときにもちょっと自信がなくて家族にも
いざというときには起こしてもらえるように頼んでいました。
今回は始発に乗るということで家族が起きる時間とは程遠い、
何時間も前に起きなければならなかったのですが
どうしても自信がなかったので、家族には目覚ましがなって
気がついたらとりあえず声をかけてもらえるようにお願いをしました。
さて、朝を迎えて。
4:00に目覚ましをかけていたのですが
その10分前に信じられないくらいの目の冴え方でばっちり目が覚めました。
それこそ、ここのところ味わったことのないくらいの寝起きのよさ。
うーむ。不思議。
そこで支度をして、駅に向かいました。
向かう道すがら、お金のことといい、寝覚めのよさといい
いろいろと振り返ってみていました。
なんだか高野山へいくことを誰かに協力してもらっているような感じ。
ご先祖様なのかなぁ。。。。?
この21日間行っていた写経には「為 ○○家先祖代々之供養」と書いていました。
なんだか心願成就と書いてしまうのはまだちょっと心苦しくて^^;
自分のことをやる前にやらなきゃいけないことあるだろう・・・という気持ちがどうしてもあって。
高野山へ納経しようと思ったのは、比叡山での寒行のなかでお願いしたご供養が
私の実家のほうばかり届いていた気がして、今のおうちのほうに申し訳ない気分になったというのも理由のひとつ。(もちろん、両方ともお願いしていたのですが)
先生にどちらかというといまのおうちのほうは比叡山より高野山のほうがすっきりするかもとしれないと伺ったのもあって、リベンジ(?)というかすっきりご供養再挑戦!!みたいな感じでした。
私の家から高野山はどんなに早くても片道最低6時間強から7時間近くかかるため、日帰りを考えると、滞在時間は本当に少ない。
だけれども、新横浜で新幹線が米原あたりで降雪のために遅れていると聞いても
もうなぜかそのときには「絶対に高野山を満喫して日帰りできる!!」という変な確信をもってました。
先月の比叡山のときにもちょっと自信がなくて家族にも
いざというときには起こしてもらえるように頼んでいました。
今回は始発に乗るということで家族が起きる時間とは程遠い、
何時間も前に起きなければならなかったのですが
どうしても自信がなかったので、家族には目覚ましがなって
気がついたらとりあえず声をかけてもらえるようにお願いをしました。
さて、朝を迎えて。
4:00に目覚ましをかけていたのですが
その10分前に信じられないくらいの目の冴え方でばっちり目が覚めました。
それこそ、ここのところ味わったことのないくらいの寝起きのよさ。
うーむ。不思議。
そこで支度をして、駅に向かいました。
向かう道すがら、お金のことといい、寝覚めのよさといい
いろいろと振り返ってみていました。
なんだか高野山へいくことを誰かに協力してもらっているような感じ。
ご先祖様なのかなぁ。。。。?
この21日間行っていた写経には「為 ○○家先祖代々之供養」と書いていました。
なんだか心願成就と書いてしまうのはまだちょっと心苦しくて^^;
自分のことをやる前にやらなきゃいけないことあるだろう・・・という気持ちがどうしてもあって。
高野山へ納経しようと思ったのは、比叡山での寒行のなかでお願いしたご供養が
私の実家のほうばかり届いていた気がして、今のおうちのほうに申し訳ない気分になったというのも理由のひとつ。(もちろん、両方ともお願いしていたのですが)
先生にどちらかというといまのおうちのほうは比叡山より高野山のほうがすっきりするかもとしれないと伺ったのもあって、リベンジ(?)というかすっきりご供養再挑戦!!みたいな感じでした。
私の家から高野山はどんなに早くても片道最低6時間強から7時間近くかかるため、日帰りを考えると、滞在時間は本当に少ない。
だけれども、新横浜で新幹線が米原あたりで降雪のために遅れていると聞いても
もうなぜかそのときには「絶対に高野山を満喫して日帰りできる!!」という変な確信をもってました。
当日のことをなかなか書けずに居ますが・・・・^^;
前日にはさすがに始発の電車で新幹線発車時刻ぎりぎりの
予定だったため、切符も買わなければならない。
雪がどっさり積もっていることは金剛峯寺のサイトでわかっていたので
ちゃんと雪道も歩けるような靴も買わなければ・・・
また、いつも担いでいるズタ袋みたいなのだと、歩きにくいので
ちゃんとしたリュックも買わなきゃ・・・
今回は雪が深すぎるし時間がないのでやりませんでしたが
いつかは高野山を町石道を通って、ちゃんと歩いておまいりをしたいと思っているので
山歩き用のものはある程度ちゃんとしたものを準備したい気持ちもあって。
ということで、バイオリンと声楽のレッスンの後、買い物を考えていました。
普段声楽のときに母に会えるのですが、今週は会ったそのときに
かなり前に渡していたお金を「預かり金」と称して母が私に返してくれました。
新幹線やら在来線も含めて高野山の往復には余りある金額でした。
明らかに交通費とその他諸経費が落ちてきた・・・と勝手に思ってしまいました。
それをもって新幹線の切符を買い、トレッキング用の靴を買い、リュックを買って。
普通、行をしようとすると魔が差すと聞きます。
なんだかこれじゃぁ後押しされているような。
不思議な気分でした。
それともこれは行にはなってないのかなぁ?
そんなことを思いつく余裕すら、この日はありませんでした。
前日にはさすがに始発の電車で新幹線発車時刻ぎりぎりの
予定だったため、切符も買わなければならない。
雪がどっさり積もっていることは金剛峯寺のサイトでわかっていたので
ちゃんと雪道も歩けるような靴も買わなければ・・・
また、いつも担いでいるズタ袋みたいなのだと、歩きにくいので
ちゃんとしたリュックも買わなきゃ・・・
今回は雪が深すぎるし時間がないのでやりませんでしたが
いつかは高野山を町石道を通って、ちゃんと歩いておまいりをしたいと思っているので
山歩き用のものはある程度ちゃんとしたものを準備したい気持ちもあって。
ということで、バイオリンと声楽のレッスンの後、買い物を考えていました。
普段声楽のときに母に会えるのですが、今週は会ったそのときに
かなり前に渡していたお金を「預かり金」と称して母が私に返してくれました。
新幹線やら在来線も含めて高野山の往復には余りある金額でした。
明らかに交通費とその他諸経費が落ちてきた・・・と勝手に思ってしまいました。
それをもって新幹線の切符を買い、トレッキング用の靴を買い、リュックを買って。
普通、行をしようとすると魔が差すと聞きます。
なんだかこれじゃぁ後押しされているような。
不思議な気分でした。
それともこれは行にはなってないのかなぁ?
そんなことを思いつく余裕すら、この日はありませんでした。
夜眠れてない(ような気分になっている)と
当然集中力もなくなって来て・・・
写経中にはいろいろなことが浮かんでは消え消えては浮かび。
集中しているとは言いがたい状態でした。
でもなんとなく、その中には今の自分の生活のヒントもあり
無理に字に集中しなければならないと自分をがんじがらめにするのも
なんだか違う気がしてしまって、なすがままに任せていました。
だから本当に行になっていたのかどうか・・・
自分でもよくわかりません。
もし形だけだったとしてもそれはそれでやった価値はあったんじゃないかなぁと
思っています。
当然集中力もなくなって来て・・・
写経中にはいろいろなことが浮かんでは消え消えては浮かび。
集中しているとは言いがたい状態でした。
でもなんとなく、その中には今の自分の生活のヒントもあり
無理に字に集中しなければならないと自分をがんじがらめにするのも
なんだか違う気がしてしまって、なすがままに任せていました。
だから本当に行になっていたのかどうか・・・
自分でもよくわかりません。
もし形だけだったとしてもそれはそれでやった価値はあったんじゃないかなぁと
思っています。
だいぶ前回の日記からたってしまいました。
金剛峯寺、本当によかったです!
ただ、いま振り返ってみるとそこにいくまでが大変だった・・・
距離とかではなく・・・
いく当日までの日々が。
とくに行く直前の一週間は辛かったです。
普段、起きているときは普通に目が開いていて、夜眠ると目を閉じますよね。
直前の一週間では起きているときに右目をあけているとすると、
眠りにつくと今度は左目で起きている感じ。
いろいろな夢をみて24時間起きている気分でした。
ここのところ、電車の中で「仏教聖典」といって、お経を優しく書いたような、
お釈迦様のたとえ話がたくさんでているような本を
気が向いたところから読んでいるのですが
そのせいか、説教くさいというか・・・そんな感じの夢だとか・・・
知らないお寺(夢の中では比叡山だと思い込んでました)にいって、
鬼・・・じゃないけどなんだかこの世のものじゃないものや、
龍がでてきたり。
知っている人が夢の中に出てきて
体を引っ張られたり。(これは夢から覚めてもしばらく痛かった・・・)
で、夢の中では普通に起きている感覚なので
本当に体の目が覚めてるのと意識の中ではほとんど違いがない。
右目をあけているか左目をあけているかだけの差しかないまま
毎日気がつくと会社に行かなければいけない時間でした。
そんなこんなでろくな夢見じゃないので
正直、金剛峯寺に行くような時間に起きられる自信が全くないくらい、
くたくたになってました。
だからなんにもする気になれないし、
根性で写経だけなんとかこなしている感じ。
直前になるまで新幹線の切符すら買わずに
ぼーーーーーっとしていました。
あうあうあ〜
金剛峯寺、本当によかったです!
ただ、いま振り返ってみるとそこにいくまでが大変だった・・・
距離とかではなく・・・
いく当日までの日々が。
とくに行く直前の一週間は辛かったです。
普段、起きているときは普通に目が開いていて、夜眠ると目を閉じますよね。
直前の一週間では起きているときに右目をあけているとすると、
眠りにつくと今度は左目で起きている感じ。
いろいろな夢をみて24時間起きている気分でした。
ここのところ、電車の中で「仏教聖典」といって、お経を優しく書いたような、
お釈迦様のたとえ話がたくさんでているような本を
気が向いたところから読んでいるのですが
そのせいか、説教くさいというか・・・そんな感じの夢だとか・・・
知らないお寺(夢の中では比叡山だと思い込んでました)にいって、
鬼・・・じゃないけどなんだかこの世のものじゃないものや、
龍がでてきたり。
知っている人が夢の中に出てきて
体を引っ張られたり。(これは夢から覚めてもしばらく痛かった・・・)
で、夢の中では普通に起きている感覚なので
本当に体の目が覚めてるのと意識の中ではほとんど違いがない。
右目をあけているか左目をあけているかだけの差しかないまま
毎日気がつくと会社に行かなければいけない時間でした。
そんなこんなでろくな夢見じゃないので
正直、金剛峯寺に行くような時間に起きられる自信が全くないくらい、
くたくたになってました。
だからなんにもする気になれないし、
根性で写経だけなんとかこなしている感じ。
直前になるまで新幹線の切符すら買わずに
ぼーーーーーっとしていました。
あうあうあ〜
この連休、疲れがどっとでたせいか、ほとんど寝込んでいるに近い状態だった。
実際ぐったりしている時には気が付かないが、
被りもやっぱりあったみたいだった。
せっかくの三連休。
ネコ達とたくさん遊ぼうと思って相手をするのだが
目をあわせてくれない…
撫でると一目散につめとぎにいってバリバリやっている。
抱っこすると前脚で突っ張る。
飼い主としては何だか淋しい…
でもまあネコだしなぁ…とあきらめた。
その後あまりにも疲れがとれないので被りをはらって見ようと色々やってみた。
ある程度すっきりした後ネコ達の様子を見たら…
二匹供しっかり目をあわせて自分から抱っこねだりに来たり、甘えること甘えること。
こやつら、私以上に私の被りをわかっておる…
これからは私の被り測定屋さんとしてネコメーターと名付けよう!
実際ぐったりしている時には気が付かないが、
被りもやっぱりあったみたいだった。
せっかくの三連休。
ネコ達とたくさん遊ぼうと思って相手をするのだが
目をあわせてくれない…
撫でると一目散につめとぎにいってバリバリやっている。
抱っこすると前脚で突っ張る。
飼い主としては何だか淋しい…
でもまあネコだしなぁ…とあきらめた。
その後あまりにも疲れがとれないので被りをはらって見ようと色々やってみた。
ある程度すっきりした後ネコ達の様子を見たら…
二匹供しっかり目をあわせて自分から抱っこねだりに来たり、甘えること甘えること。
こやつら、私以上に私の被りをわかっておる…
これからは私の被り測定屋さんとしてネコメーターと名付けよう!
昨日は会社のそばにある松栄堂のお店で練香のたき方をうかがってきました!
写経中、お香をたいているのですが、うちが狭いからなのか
だんだんスモークハムの気持ちがわかるくらい煙だらけになってしまいます。
香炉が近すぎるせいかもしれないが。
離してもやっぱり家族はのどをやられているみたいだし、
ながーく香って、あんまり煙の出ないものないかなーと思っていたら練香を発見!!!
松栄堂の店員さんにご相談して、時間のあるときにいつでもとのことで
昨日のカンタン練香講座となったのです。
たまたま、京都の本店から月二回いらっしゃるという、
香の調合をされている(のかな?)方からお話を伺うことが出来ました。
炭をあたためて、灰をあたためて、ゆっくりゆっくり香ってくる。
とても古風な香りで直接火をつけるお香とは違った趣。
「何度もやってみて2,3回失敗してみてください」と最後、
お店の方は笑いながらおっしゃっていました。
そして、最低限必要なものを買って帰りました。
帰り道、新宿駅で社長の仕事の成果が張り出されているとのことで
相当歩き回って探してみたのですが見つかりませんでした。
掲示期間を聞いていたのですがどうも私ずれていたみたいです。
新宿駅を歩いたせいで大被りのまま家につきました。
すぐに写経を始めようと思いながらも
もう気が狂ったように眠くなってしまい、コタツにもぐってころがってしまいました。
・・・・・・・・
はっと気がつきあわてて写経を始めたのですが、
写経が終わって眠れた時間は空手後に写経をやったのと
変わらなくなってしまいました(;;)
折角の初練香も・・・知らないうちに、かぴかぴになってひび割れた
黒い粒とご対面しただけで終わってしまいました><
写経中、お香をたいているのですが、うちが狭いからなのか
だんだんスモークハムの気持ちがわかるくらい煙だらけになってしまいます。
香炉が近すぎるせいかもしれないが。
離してもやっぱり家族はのどをやられているみたいだし、
ながーく香って、あんまり煙の出ないものないかなーと思っていたら練香を発見!!!
松栄堂の店員さんにご相談して、時間のあるときにいつでもとのことで
昨日のカンタン練香講座となったのです。
たまたま、京都の本店から月二回いらっしゃるという、
香の調合をされている(のかな?)方からお話を伺うことが出来ました。
炭をあたためて、灰をあたためて、ゆっくりゆっくり香ってくる。
とても古風な香りで直接火をつけるお香とは違った趣。
「何度もやってみて2,3回失敗してみてください」と最後、
お店の方は笑いながらおっしゃっていました。
そして、最低限必要なものを買って帰りました。
帰り道、新宿駅で社長の仕事の成果が張り出されているとのことで
相当歩き回って探してみたのですが見つかりませんでした。
掲示期間を聞いていたのですがどうも私ずれていたみたいです。
新宿駅を歩いたせいで大被りのまま家につきました。
すぐに写経を始めようと思いながらも
もう気が狂ったように眠くなってしまい、コタツにもぐってころがってしまいました。
・・・・・・・・
はっと気がつきあわてて写経を始めたのですが、
写経が終わって眠れた時間は空手後に写経をやったのと
変わらなくなってしまいました(;;)
折角の初練香も・・・知らないうちに、かぴかぴになってひび割れた
黒い粒とご対面しただけで終わってしまいました><
毎日毎日ゆっくりと筆を運びながら「般若・・・」と写経していると、
ふと「そもそも、般若って・・なんだろ・・・」という気持ちになる。
般若とは般若(はんにゃ)とはサンスクリット語の「prajñā प्रज्ञा; プラジュニャー」、パーリ語の「paJJaa पञ्ञा; パンニャー」の音写だそうだ。一般には智慧と言われるものらしい。(wikipediaより)
以前、漢字の成り立ちがいろいろと知りたくなって、
白川静の常用字解を買ってあった。
そこで、般若の文字の成り立ちを調べてみた。
般は舟の部分が盤を示し、板状のものをあらわすらしい。
殳は打つという意味があるみたい。板を打つということで底から転じて楽器を
あらわすとのこと。そこから楽しいだとかの意味も含まれるみたい。
若は長い髪の巫女が神託をもらい、恍惚とした状態のことを表す象形文字。
なんとなーく、楽しく生きるための仏の言葉・・・みたいな感じ?
サンスクリット語やパーリ語を音写するときにそういう文字が当てはめられたのは
偶然なのか必然なのかわからないけれども、
こういうアプローチで見てみるのもおもしろいなぁと思った。
ふと「そもそも、般若って・・なんだろ・・・」という気持ちになる。
般若とは般若(はんにゃ)とはサンスクリット語の「prajñā प्रज्ञा; プラジュニャー」、パーリ語の「paJJaa पञ्ञा; パンニャー」の音写だそうだ。一般には智慧と言われるものらしい。(wikipediaより)
以前、漢字の成り立ちがいろいろと知りたくなって、
白川静の常用字解を買ってあった。
そこで、般若の文字の成り立ちを調べてみた。
般は舟の部分が盤を示し、板状のものをあらわすらしい。
殳は打つという意味があるみたい。板を打つということで底から転じて楽器を
あらわすとのこと。そこから楽しいだとかの意味も含まれるみたい。
若は長い髪の巫女が神託をもらい、恍惚とした状態のことを表す象形文字。
なんとなーく、楽しく生きるための仏の言葉・・・みたいな感じ?
サンスクリット語やパーリ語を音写するときにそういう文字が当てはめられたのは
偶然なのか必然なのかわからないけれども、
こういうアプローチで見てみるのもおもしろいなぁと思った。
このまえ、一生懸命書いてアップしていたつもりになっていた記事が2つほどあったので、
思い出しつつ書いてみます。
先日、テレビを見ていたときに殺人を犯した受刑者のインタビューをやっていた。
どうしてそういう罪を犯したのか。
いまはどう感じているのか。
その後、スタジオのコメンテーターが出てきてコメントをしていた。
「そのようなことになる前にまわりに相談するべき」
「どうしてほかに解決方法を考えなかったのか」
それを聞いていて、なんだか引っかかった。
写経中、ふとそのひっかかりがなんだったのか浮かんできた。
写している般若心経は短いお経だし、解説した本は数え切れないほど出てる。
だから、何を言っているのかある程度調べようと思えば調べられるし、
漢字なのである程度字面からでも想像ができる。
だけれども本当にこのお経を書いた人が言わんとしていたことを
理解出来ているのだろうか・・・?
テレビのコメンテーターに感じた違和感は、状況を説明されたことで
「何が起こったのかがわかった」ということを全く疑うことなく、
自分の価値観に照らし合わせてコメントを言っていたからなんだ、と思う。
あらすじや状況を把握することで大意をつかむことは出来る。
自分の今までの経験に照らし合わせて、価値観に照らし合わせて
「こういうことなんだ」と認識するって言うのは普通にやっていることだと思う。
でも、本当にわかるということはもっと違うんじゃないかな。
一度「わかった」「わかる」と思ってしまうと、そこで止まってしまう気がする。
自分の経験、価値観以上のことが入ってくる門戸が狭まっちゃうんじゃないかな・・・
確かに状況説明を受けて大意をつかむこともわかることの一部。
解説本を読んで理解することもわかることの一部。
ただ、自分が理解したと思っていることはほんの一部であって、
その全体像ではないことがほとんどなんじゃないかなぁ。。。
お経を書いた人の言わんとしていること、文字なんかで表現できないものも
たくさんたくさん含まれている気がするし。
自分のわかっていること・・・というか知っていることは物事の全体像の
ほんの一部なんだって意識する必要があると思う。
となると、自分が今、わかっていると思うことを一つ一つ検証してみる必要がある気がしてきた。
そうすると、案外、わかってると思ってたこと、全然わかってなかったり。
その逆にわかってないと思っていること、実は結構わかってたりするのかも。。。。
ってことがすこしわかるかも!?
思い出しつつ書いてみます。
先日、テレビを見ていたときに殺人を犯した受刑者のインタビューをやっていた。
どうしてそういう罪を犯したのか。
いまはどう感じているのか。
その後、スタジオのコメンテーターが出てきてコメントをしていた。
「そのようなことになる前にまわりに相談するべき」
「どうしてほかに解決方法を考えなかったのか」
それを聞いていて、なんだか引っかかった。
写経中、ふとそのひっかかりがなんだったのか浮かんできた。
写している般若心経は短いお経だし、解説した本は数え切れないほど出てる。
だから、何を言っているのかある程度調べようと思えば調べられるし、
漢字なのである程度字面からでも想像ができる。
だけれども本当にこのお経を書いた人が言わんとしていたことを
理解出来ているのだろうか・・・?
テレビのコメンテーターに感じた違和感は、状況を説明されたことで
「何が起こったのかがわかった」ということを全く疑うことなく、
自分の価値観に照らし合わせてコメントを言っていたからなんだ、と思う。
あらすじや状況を把握することで大意をつかむことは出来る。
自分の今までの経験に照らし合わせて、価値観に照らし合わせて
「こういうことなんだ」と認識するって言うのは普通にやっていることだと思う。
でも、本当にわかるということはもっと違うんじゃないかな。
一度「わかった」「わかる」と思ってしまうと、そこで止まってしまう気がする。
自分の経験、価値観以上のことが入ってくる門戸が狭まっちゃうんじゃないかな・・・
確かに状況説明を受けて大意をつかむこともわかることの一部。
解説本を読んで理解することもわかることの一部。
ただ、自分が理解したと思っていることはほんの一部であって、
その全体像ではないことがほとんどなんじゃないかなぁ。。。
お経を書いた人の言わんとしていること、文字なんかで表現できないものも
たくさんたくさん含まれている気がするし。
自分のわかっていること・・・というか知っていることは物事の全体像の
ほんの一部なんだって意識する必要があると思う。
となると、自分が今、わかっていると思うことを一つ一つ検証してみる必要がある気がしてきた。
そうすると、案外、わかってると思ってたこと、全然わかってなかったり。
その逆にわかってないと思っていること、実は結構わかってたりするのかも。。。。
ってことがすこしわかるかも!?


